◆公開座談会(名古屋)
 
公開座談会『公共建築の設計プロポーザルにおける環境設備について考える』
(空気調和衛生工学会中部支部 第19回建築設備研究会)
 
日  時: 平成30年12月7日(金) 14:00〜17:00
会  場: 名城大学ナゴヤドーム前キャンパス・レセプションホール
(名古屋市東区矢田南4−102−9 )
主  催: 空気調和・衛生工学会中部支部 建築設備研究会
後  援: 日本建築学会東海支部、建築設備技術者協会中部支部、愛知建築士会
座  長: 小松 尚氏
(名古屋大学大学院環境学研究科 准教授)
話題提供:

・「いなべ市新庁舎」
  山口 智三氏(日建設計・設計部門)
・「小諸市新庁舎」
  関根 能文氏(石本建築事務所・設計監理部門 兼 環境統合技術室)
・「名古屋城展示収蔵施設」
 原 正二郎氏(安井建築設計事務所・設計部)

参 加 者: 93名

 座談会に先立ち、原田昌幸主査(名古屋市立大学)より、本会の趣旨説明を行った。公共建築の設計業務委託において質の高い建築設計を実現するため方策であるプロポーザル方式に対し、当初の技術提案や確定した設計内容に関する話題をご提供いただき、公共建築における建築計画と環境設備の関係、設備設計者が担う役割や発注者の期待などについて意見交換したい旨、説明された。座談会では、棚村壽三先生(大同大学)の司会のもと3名の講師より事例紹介を頂いたあと、小松 尚先生(名古屋大学)を座長にお迎えして意見交換を行った。

 事例紹介@:「いなべ市新庁舎」について山口智三氏(日建設計)より説明があった。対象建物は、約1.3万m2、3階建て程度の低層の庁舎・保健センターである(2014年プロポーザル、2019年完成予定)。プロポーザルで課されたテーマは「敷地と建物の一体な構成及びデザイン」「外構や建築的工夫を含めた省エネ・環境計画」などであり、これらを踏まえて「既存の樹木に包まれた、緑と共存する『杜の庁舎』」をコンセプトとした。周辺景観に調和するように地上2階・地下1階建ての低層分棟形式とし、各棟をつなぐように大庇を設け、庇下を市民の活動の場とした。その棟配置は夏季には南東からの風を庇下の広場に取り込み、冬季は北西からの風をいなすように決定した。また、低層建物での免震構造は費用がかかるので、分棟化し機能的に必要な行政棟のみを免震構造とすることでコストアップを抑える提案とした。
 設計段階においての設計与件の変更に併せて棟配置を見直し風の流れも深化させるとともに、大庇も樹木をイメージした構造と膜屋根の構成とすることで、よりコンセプトにマッチする形で実現した。内部空間の吹抜は市民にとって分かりやすい空間となることや、自然換気・採光を効率的に行うことができ快適な空間となることなどのメリットをCG・CFD解析・照度シミュレーションを用いて説明し採用を決定した。さらに、砕石蓄熱利用のクールヒートトレンチ、地中熱利用、太陽光発電・集熱などプロポーザルでの環境提案はほぼ全て実現することができた。外装材は敷地内で伐採した樹木の一部を再利用した木製ルーバーや市内を走る鉄道のレールを用いたカーテンウォールなどを採用するとともに、植栽計画についても周辺の山々に育つ在来種を中心に植栽を選定し、徹底的に周辺環境に調和する計画を行った。

 事例紹介A:「小諸市新庁舎」について関根能文氏(石本建築事務所)より説明があった。対象施設は、小諸市庁舎・市立図書館等2万m2である(2012年に設計プロポーザル、2015年市庁舎完成)。これとは別に石本建築事務所が受託した市庁舎隣接の小諸厚生総合病院約2.1万m2(2011年設計業務受託、2017年完成)と市庁舎の合同のES(エネルギーサービス)事業を実施している。この背景には、小諸市が、活力のある都市のリノベーションとコンパクトシティを目指した“低炭素まちづくり計画”を策定したことが大きく関与している。
 市庁舎は、浅間おろしの緩和に配慮した低層・かこみ配置として提案し、設計時においても、この形状や配置が採用された。建築設備面では、寒暖差が大きい地域であるため下水熱を利用する熱回収ヒートポンプの活用を考え、さらに隣接する病院と庁舎の熱融通を考慮した蓄熱システムを提案し、採用されている。庁舎は防災拠点となるため、市民ひろばの下部に配置した水蓄熱槽(360m3)は災害時のコミュニティタンクとしての活用も想定している。

 事例紹介B:「名古屋城展示収蔵施設」について原 正二郎氏(安井建築設計事務所)より説明があった。対象施設は、名古屋城の西の丸に計画される1,500m2の展示収蔵施である(2015年に設計プロポーザル、2018年完成)。プロポーザルで課されたテーマは、「特別史跡に建つという特殊性を考慮した重要文化財の展示収蔵施設づくりについて」であり、設計対象が小規模で限定された機能であるので、何を提案すべきかが難しかった。プロポーザルでは、「時代をつなぐ(御蔵構の再構築)、文化をつなぐ(収蔵品を守り見せる)、人をつなぐ(市民に開く)」を設計コンセプトとして、金城温古録の中にある寸法を参考に木造の御蔵を四つ順に分棟配置し、三番御蔵と四番御蔵の間に展示スペースを設ける提案を行った。また、建築設備としては、収蔵庫にソックダクトを利用した微風速空調の適用などを計画した。
 基本設計の期間は2ヶ月であり、提案した一、二番御蔵の建設や外構計画は実現せず、建屋としては鉄筋コンクリート造(展示室230m2, 収蔵庫375m2)が指定された。また、江戸時代に存在した御蔵の写真が見つかったため、設計ではこの復元を意識したデザインが重視され、瓦・漆喰外壁の使用、屋根勾配などが指定されて、提案時のものから御蔵の仕上げやプロポーションを大きく変更することとなった。実施設計では、コストの制約を満足するために設計の見直しを何度も行い、特に空調設計条件や仕様については、グレードを変更して恒温恒湿パッケージエアコン+通常のエアコンに変更された。外構計画についても、最終的には金城温古録に沿った配置に修正された。設計業務を請けた事業者は、監理・意図伝達業務の契約が前提とされていないため、自主的に現場に出向いて施工の状況を確認している。

 座談会では、小松座長から各事例紹介において、設計者としての提案に対する思いと与条件を満たすことへの悩みを抱えながら設計をまとめていった状況が伺い知れるので裏話含めてコメントを頂きたいこと、プロポーザルを勝ち抜くコツ、環境設備担当者の貢献などについて討議したい旨、説明があった。
 上記の質問に対し、3人の講師から以下の状況や考えがコメントされた。
 山口氏からは、まずプロポーザルでは募集要項の意図や審査委員の特質を読み解くことは大変重要であり、注力するポイントである旨の説明があった。いなべ市新庁舎のプロポーザルでは周辺敷地のコンテクストから中高層のいわゆるビル形式の庁舎は周辺環境と調和しないと考え、低層・分棟案に拘った背景が紹介された。また、建築設備の提案は各社得点の差がつきづらい状況があるため、1つでも新たな提案(特に地域に密着した提案)ができないか検討することが多く、いなべ市庁舎では地場産材を用いた砕石蓄熱の提案が設備担当者から出たことが紹介された。このコメントに対し、本施設のプロポ委員長も務めた小松座長は、出てくる案を考えながら募集要綱を作成したが、分棟案もその1つで、最終選考に残ったのは分棟案の2件だったこと等を紹介しながら、要項を読み解く重要性について言及された。
 原氏からは、プロポーザルに盛り込むキーワードは建物用途毎に決まってきており、新提案を出そうと努力するが、なかなか難しいという現状がある。また、建築意匠と設備系担当者との関係性については、密にコミュニケーションをとり、良い協働ができている実態が紹介された。
 関根氏からは、特に設備担当者としての観点からコメントがあり、設備系は、これまで省エネ・省CO2をクローズアップして提案してきたが、これの課題に加え、補助金獲得や運用段階での維持管理費削減などライフサイクルコスト低減に関する提案の要望が強くなってきていること、設備の提案は各社で差がつきにくくなっているため、アイディアは日常的に考えていないと出てこないとの指摘があった。また、竣工後の建物を業務として検証できる機会は殆どないため、個人的に努力しながら実態を検証し、その結果を設計提案にフィードバックする必要があり、会社もこのようなことを推奨するようになってきている現状があることが紹介された。
 その他、小松座長から、実施設計をまとめるまでの施主との協議の状況についての質問や、今後の公共施設建設は複合化によるコスト低減と持続性のある高水準なサービスの提供が目指される機会が多くなる点の指摘などがあり、会場からも公共建築の長寿命化の計画と設備・災害計画についてなど、多岐に亘る質問や意見が出され、熱心に討論された。
 本座談会では、設計プロポーザルと設計業務の実態についてリアリティーのある情報が多く提供されたため、多く集った学生に対しては有意義な知識習得の場となったとともに、意匠設計者、設備設計者の思いや考えの一端を相互に理解する機会となったのではないかと考えている。本会を盛り上げて頂いた、小松座長ならびに登壇された各講師、参加者の皆さまに心よりお礼申し上げたい。

文責:田中