◆研究会
 
公開研究会『たばこと喫煙環境に関する最新事情と建築的課題』
(空気調和衛生工学会 中部支部 第18回建築設備研究会)
 
日  時:

2018年6月25日(月) 15:00〜17:00

会  場: 名城大学ナゴヤドーム前キャンパス・西館2F DW207(レセプションホール)
(名古屋市東区矢田南4-102-9  
最寄駅:地下鉄名城線「ナゴヤドーム前矢田」駅)
参 加 者: 65名

 まず、日本たばこ産業の浅井琢也氏に「加熱式たばこの現状―紙巻たばことの違いについて―」と題し、近年市場に登場した加熱式たばこの情報を説明いただいた。
 最初に、たばこ事業法及びたばこ税法を踏まえて、たばこの定義が説明され、現在日本市場で入手可能な加熱式たばこ三商品とそれらのデバイスについて説明がなされた。併せて、加熱式たばこに類似した製品として知られる電子たばこは、たばこ葉を使用していないため、日本国内では「たばこ製品」に該当しないことなどが示された。
 加熱式たばこ使用時の室内環境への影響として、自社のPloom TECHを例として、以下の三点に着目した測定結果が報告された。たばこベイパー中における、WHOやカナダ公衆衛生局が懸念している健康懸念物質について、カナダ保健省が定める方式による調査測定では、紙巻たばこに比較して加熱式たばこからは、ほとんど検出されなかった。また、使用者が吐出したベイパーに含まれる化学物質についても、紙たばこに比較して非常に少ない割合のニコチンが検出されたのみで、アンモニア、ホルムアルデヒド、及びアセトンに関しては、非吸引時と同程度の含有量であった。次に、室内空気環境への影響として、ASHRAEの定める室内条件に従い、化学物質濃度に加え、浮遊粉じん濃度、CO濃度、CO2濃度の測定をしたところ、加熱式たばこを吸引しない場合との差はみられなかった。最後に、室内空気環境のにおいとして、紙巻たばこの”たばこ臭”としての臭気強度が4.0であるのに対し、加熱式たばこでは0.5未満であり非常に少ないことが示された。
 続いて、加熱式たばこも規制の対象としている、改正健康増進法案の概要について、公共施設、事務所や飲食店などそれぞれの施設の類型に応じた、紙巻たばこと加熱式たばこの喫煙ルールと経過措置の説明がなされた。なお、改正法案は2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて段階的に施行される予定である。
 講演後、会場より以下の二つの質問がなされた。一つ目の、今後たばこ業界は紙巻たばこから加熱式たばこに全面的に切り替える意向か、という質問に対して、メーカにより姿勢が異なる旨の回答がなされた。二つ目の、加熱式たばこにおける、いわゆる「たばこ臭」以外の「なんらか」の臭いは、対策を講じる対象とみなすべきか、という質問に対して、商品ごとに「なんらか」の臭いは多様であり、快・不快の許容程度も差が大きいと考えられる。厚生労働省は有害な化学物質に着目し対策の必要性を判断するが、化学物質を別として「におい」だけで対策の基準を設けるのは難しいのではないかと考えられる、との回答がなされた。

 続いて、大同大学の棚村壽三准教授より、「室内環境における紙巻きたばこのにおい評価」と題し、においを感じるしくみについて、紙巻たばこから加熱式たばこに替わると室内環境への影響はどう変わるか、室内環境におけるたばこのにおい、の三つの主題について順に説明がなされた。
 嗅覚は、五感のうち、触覚、視覚、聴覚に比較して重要度が低く認識されやすいが、しばしば、空間を不快に感じるきっかけになることが多い、重要な感覚である。嗅覚閾値は、アセトンでは42ppm、アンモニアでは1.5ppmと高いが、吉草酸などの極めて不快なにおいでは、0.000037ppmと極めて微小である。この例からも、換気設計を適切に行うことは重要だが、実際には広い空間を均一な濃度で希釈・換気することは不可能であることに留意しておく必要がある。
 紙巻たばこの喫煙室に、白色の壁紙を貼り付けておくと、数か月で茶色く変色すると同時に、においの吸収・放散量も増えることを実験で確認している。今後、紙巻たばこから、加熱式たばこにシフトしてくると、このような内装材の変色等の問題は見られなくなると考えられる。つまり、汚れの問題は加熱式たばこになることで回避され、室内環境面での問題は、有害物質による健康被害の議論を一旦保留にすると、「におい」のみとなる。
 そこで、日本建築学会環境基準(AIJES)「室内の臭気に関する対策・維持管理基準・同解説」に着目すると、においは容認性評価を用いることとなっており、理想としては80%以上の人が受入れられる室内環境を目指すべきと定めている。容認性評価は、通常、三点比較式臭袋法で行われる。紙巻たばこのAIJESの臭気基準値は5であるが、時代・銘柄によって、紙巻たばことひとくくりにはできないほど、商品が変化している。そこで、10年以上前に決めた基準を現在に適用可能かどうか確認するために、実験を行った。評価尺度は、臭気強度や快・不快度を被験者に数値化してもらうことは困難を伴う場合も多いため、容認性を最も重要視している。120名の被験者実験の結果、平均は6であり、AIJESの基準と同程度であることを確認した。この実験、およびさらに高齢の被験者を対象としたほかの実験の結果から、喫煙の有無、性別、メンソール系たばこと非メンソール系たばこの差、年齢層により、容認性に差があることを確認した。留意すべき点の例として、非喫煙者が許容できるように設計しようとすると、喫煙者の約二倍の換気量を確保しなくてはならないこと、また個々人の許容程度の差はおよそ100倍と非常に大きいこと、などが挙げられる。
 会場から、以下の二つの質問が投げかけられた。一つ目の、朝と夜とで容認性に差があるのでは、という質問に対し、現時点ではまだ多くのパラメータを分離した実験や分析はできていないが、影響を与えている可能性は十分に考えられる、との回答があった。二つ目の、「たばこ」のにおいと認識したことで誘発される、たばこに対するイメージが、容認性にも影響しているのではないか、という質問に対し、薄い濃度での実験のため、明確な判定はできないが、たばこの負のイメージが、においを容認できないという結果に連動している可能性は多いに推察される、との回答があった。

 最後に、石本建築事務所の宮治裕之氏より、「喫煙室・喫煙スペースの設計事例」と題して、受動喫煙防止対策の概要、換気設備の設計方法、及び喫煙室の設計事例の紹介がなされた。
 健康増進法、労働安全衛生法に続き、今回、健康増進法の一部を改正する法律案が、日本で初めて罰則付きの法案として、国会に提出された。この背景に、WHOが受動喫煙対策に関して、各国を4段階に分類した中で日本は最低ランクであること、またオリンピックにおける受動喫煙防止に関連する取組が後押しをしていること、などがある。
 換気設備の設計における留意点として、室内空気汚染物質としてのたばこの煙の扱いについて説明がなされた。換気設備設計の上では、汚染物質のうち、臭気、浮遊粉じん、一酸化炭素の除去に着目している(このうち、浮遊粉塵と一酸化炭素は、建築基準法及び建築物における衛生的環境の確保に関する法律で基準が定められている)。一般的な、喫煙臭を制御するための必要換気量としては、喫煙臭の臭気強度を2以下に保つために、たばこ燃焼量÷換気量として35.3mg/m3以下にするように計算されるが、建築設備設計基準では、喫煙場所と非喫煙場所の境界における逆流の防止(0.2m/sの順方向気流風速の確保)も設計に大きく影響する要素である。
 喫煙室の粉じん除去は、換気ではなく、空気清浄機で行う。たとえば、特定の建物条件での計算例を示すと、粉じん除去には空気清浄機を用い、換気量は臭気基準で決定するとすれば、換気回数は48回となる。しかし、もし粉じん除去を換気で実現しようとすると、377回と膨大な換気量が必要となってしまう。また、小さな喫煙室では、出入口ドア部分での逆流防止気流速度を確保するために、臭気基準で求めた換気回数を上回る換気回数を採用する必要がある場合も多いため、換気回数を一律に定めることは難しい。また、設計上は、非喫煙室から喫煙室へ空調空気が流れ込むように、喫煙室やその周囲の廊下・トイレなどから排気をする、など、全体での省エネや空調効率を考慮することも大事である。
 設計時に、オーナが必ずしも喫煙所や喫煙室のニーズが把握できていないケースもある。一例として、供用後に、来客用喫煙室を社員が使用することとなり、給排気のバランスが崩れた結果、ドアの開閉の不具合につながる事例もあった。遊戯施設の事例では、喫煙者割合が大きく、通常の外気導入量より、喫煙対策に起因する外気導入量のほうが大きくなるため注意が必要である。近年、空気清浄機も、従来のテーブル/カウンター型から、空調器・パッケージエアコン等への組込用電気集塵機など、種類が豊富になっており、設計上の選択肢が増えてきている。
 会場より、喫煙室は、オーナが積極的に意見を持って設置されることが多いのか、それとも法律に従って受動的に設置されることが多いのか、との質問があった。これに対し、ニーズがあると認識していても、使用人数や使用時間などを十分に把握していないことは多い。そのような場合には、設計側から標準値を示すが、実際の負荷が標準値を上回ってしまうと処理できなくなるので、設計段階で認識を共有することが肝要である、との回答があった。

記録:名城大 吉永