◆座談会(名古屋)
 
公開座談会『ワークプレイス・プロダクティビティについて考える』
(空気調和衛生工学会 中部支部 第17回建築設備研究会)
 
日  時: 平成29年12月15日(金) 14:30〜17:15
会  場: 名城大学ナゴヤドーム前キャンパス・西館2F DW207(レセプションホール)
(名古屋市東区矢田南4−102−9 )
最寄駅:地下鉄名城線「ナゴヤドーム前矢田」駅
主  催: 空気調和・衛生工学会中部支部 建築設備研究会
座  長: 恒川和久氏
(名古屋大学大学院工学研究科 准教授/工学部施設整備推進室 室長)
話題提供:

・「愛知製鋼新本館などにおける取り組み」
  石橋 良太郎氏(竹中工務店・設計部 設備部門)
・「ヤマハモーター・イノベーションセンターなどにおける取り組み」
  平野 章博氏(日建設計・設計部門 設計部/NAD室)
・「岡村製作所’オフィスラボ’での実証実験の取り組み」
 花田 愛氏(岡村製作所・マーケティング本部 オフィス研究所)

参 加 者: 86名

 座談会に先立ち、棚村壽三先生(大同大学)の司会のもと、お二人の設計者と、家具メーカーの担当者より、話題提供を頂いた。
 最初のご講演は竹中工務店の石橋氏である。愛知製鋼が創立75周年を迎えたことに伴い、既設本館(東海市)の建替えが計画され、先端的な省CO2技術の導入に加えて、創造力が湧き出るワークプレイスの実現を目指したとのこと。フロア中央の全階吹き抜けから見渡せるリフレッシュスペースの設置やミーティングスペースの面積を多く取ること、マネジメント層をフロアの1箇所にまとめることなどにより、社員間のコミュニケーションの強化を図っている。設備による工夫としては、執務者を覚醒させるよう積極的に外気を事務室内に導入。また、サーカディアンリズムを考慮した照明の照度や色温度の制御を取り入れている。朝は覚醒を促すよう、高い照度とし、夕方は残業せずに帰宅を促すよう、落ち着いた照明としている。さらに、夏は涼しげに、冬は暖かくなるよう視覚的作用も利用している。竣工後の執務者の環境評価としては、室内の明るさの印象や窓からの眺望、部屋の広さに関しての満足度が向上し、早く帰ろうという意識が高くなったということであった。

 次に日建設計の平野氏より、ヤマハモーター・イノベーションセンターなどにおける取り組みについて講演いただいた。計画に当たっては、アンケートをとり、執務者が平均的に満足する空間をつくるのではなく、ひとりひとりに対するインタビューや人間観察の結果を重要視したとのこと。これまでの経験上、顧客は自分自身の空間に対する要求を知らないことが多い。そのため、社員のワークスタイルを中心にインタビューを行い、ワークスタイルに合わせて空間づくりを行うようにした。
 当該施設は、ヤマハ発動機の製品のデザインをする事務所である。これまでは、エンジニアとデザイナーが一緒に仕事をすることがほとんどなく、空間的にも別れていた。しかし、平野氏はプロセス、サービス、プロダクトに一貫性を持たせることが設計上、重要であると考え、全てを見通せる立体的なワンルームのような空間を構築した。個人のワークスタイルに合わせて空間を選択できるようにし、個人で作業できる場や協業を行う場を計画した。近年、創造性を高めるユニークなオフィスが増えてきているが、楽しむ場ではなく、高い製品品質の維持や、その先の目的を見据える誠実な場を目指している。そのため、過去のヤマハ発動機の製品も展示し、また、コードやケーブルは床からではなく天井から取る形で、将来の働き方や目的の変化に適用できる形としている。

 最後に岡村製作所の花田氏より、同社の‘オフィスラボ’での実証実験についてお話いただいた。まず、あるべき姿として、時間外業務を減らすことが大前提と述べられた。その上で、チャレンジ業務を増やせることをオフィスラボの目的としたとのこと。オフィスラボでは、新しい働き方のトライアルと家具等の試作品の検証を行っている。実験・検証の結果をリアルタイムで発信し、社員や顧客に体感していただいている。フリーアドレスを採用しているが、これは、好きな席に座れること自体が社員のモチベーションに影響すると考えたため。さらに、出会いが生まれる工夫を随所にしており、これまでの検証では40秒以上その場に滞在すると50%の確率で会話が生まれることがわかっている。このため、コーヒーやマンガを置くことで自然と立ち止まり、会話が発生するような仕掛けを用意。また、立ち会議を行うような家具の検証も行っている。立ち会議は、会議時間を短縮することができ、足のむくみや眠気を抑制する効果が期待できる。その他には、一般的に窓側は光環境や温熱環境の変動が大きく、使用しにくい場であるが、窓からの自然な光は、人間本来の能力の発揮や自分らしさを促すと考え、積極的な活用を試みているとのこと。健やかで人間らしい生活こそが新しいアイディアの誘発や創造性を向上させるとまとめた。

 休憩を挟んで座談会へと移行した。座長は恒川先生(名古屋大学大学院工学研究科 准教授/工学部施設整備推進室 室長)である。恒川先生から、知的生産性には、効率性と創造性の2つの側面がある。昨今、働き方改革に関心が集まっているが、時短にしろ、効率的に働けという面が強く「働かせ方改革」になっている。そこで最初のテーマとして効率性と創造性を取り上げたいと話題が振られ、石橋氏には、環境設備による創造性の向上についてコメントを求めた。これに対して、石橋氏からは、設備から創造性というのは、結びつけるのは難しいが、今回の事例では、リフレッシュコーナーの設置など、プランニング面から配慮している。設備的には、色温度を変更できる照明の導入や新鮮外気導入による活性化が挙げられる、とのことであった。次に、平野氏に対しては効率性について問われた。今回の事例では、創造的=効率的と捉えているとのこと。創造性を働かせるように設計することで仕事が効率的に行えることになる。働き方によってふさわしい環境も異なり、場の雰囲気、イメージを決めるのが設計者で、空調専門職がその後を決めていくのが考え方およびやり方である。花田氏へは両者を含めて仕事と知的生産性との関係について尋ねられた。花田氏からは、チャレンジ業務を増やすためには、まずはwell-beingが大事で、心と体の健康=ストレスなく健やかに働く、が目指すところである、との答えが得られた。

 次に、座長から、空調技術が発展しているにもかかわらず、なぜ冷暖房に対する満足度は低いままなのかと疑問を投げられた。これに対して、花田氏は、どうしても個人差があるとのこと。これを受けて、石橋氏と平野氏に、設計時の個人差への対応について意見を求めた。石橋氏からは、個人で調整してもらう設計が考えられる。紹介した事例では、サーカディアン照明は個人で調整が可能である。また、空調では個人で調整できる床しみ出し空調が好評であったとのこと。平野氏からは、個人の要望がそれぞれ違うことを念頭に、紹介した事例においては、個人が自由に働く環境を選べるような作り方(フリーアドレス等)をしている。働く人がどれだけその空間に関われるかあるいは選べるかが、モチベーションや生産性に繋がるのではないか。多様な働き方に合わせた多様な空間を今後提案していくことが必要であろう、と回答があった。

 この後、座長は会場からの質問を求めたが、多数の質問が挙がり、活発な討議となった。例えば、花田氏の立ち会議の話を受けて、座面の高さを変えられる椅子はどうかと提案があった。花田氏からは、魅力的な提案である、平野氏からは、天井高が変えられる建築があってもいいのではないか。石橋氏からは、椅子の高さが高くなれば(居住域が数10cmかわるだけで)、空調の感じ方が変わる、など賛同する意見が多く挙がった。この他には、「全体を均質に空調するのではなく、パーソナルに対応できる方法を取る場合、空調負荷が増える。省エネとのバランスをどう考えるのか」の問いに対しては、空間ごとにスペックをどうするか丁寧に相談する必要がある。「建築物に対して快適性等を事前にワークショップ等で相談している事例を知りたい」には、姿勢を変化させることを家具ベースで対応した例が紹介された。「制御をユーザー側に委ねてはどうか」という提案に対しては、パーソナル制御を可能にすることはできても、同じ空間内であると制御同士が混ざり合ってしまうため難しい面があるなどの回答があった。「創造性を高める色や柄にまるわる仕掛けがあるのか」の問いには、事例のオフィスでは、通常取り入れない色を使用した。色のみではなく、触感にもつながる素材感も注目されている。色と材料は密接で、素材を活かした色を用いるべきと考えている。色による心理を利用した室利用等もある。お客様の納得いくところで決める等の回答があった。「働き方改革のための空間を作る上において、オーナーの説得や上司の理解も必要なのではないか」という問いには、リフレッシュコーナーを積極的に使用する雰囲気を作る必要がある。上司の位置と休憩所を縦に繋げる等動線を考えたプランとする。オーナーを説得するというよりそうしないとまずいと思わせる、との回答が得られた。

 最後に議長から、今後の異分野交流についての問いかけがなされた。役割分担、各専門分野で領域が重なる部分で共有できると良い。場所を選ぶ、と言う状況が進みワークプレイスという概念がなくなると良い。オフィスのみならず、ワークスタイルのあり方ももっと変わっていくのではないか。人に触れると言う意味でのインテリア、行為を促す、という環境やツールで促進できたら良い。家具なども初めから計画していれば、オーナー、ユーザー等を含めてより良い設計ができるのではないか、等の議論がなされた。

文責:須藤・横江