◆座談会(名古屋)
 
公開座談会『建築のリニューアルと設備の新たな役割を考える』
(空気調和・衛生工学会中部支部 第15回建築設備研究会)
 
日  時: 平成28年12月16日(金) 15:00〜17:15
会  場: 東桜会館 第2会議室 (名古屋市東区東桜2-6-30)
主  催: 空気調和・衛生工学会中部支部 建築設備研究会
座  長: 加茂紀和子氏  (みかんぐみ/名古屋工業大学・教授)
話題提供: ・ 「新菱冷熱工業本社ビルリニューアル」 
   福井雅英氏 (新菱冷熱工業・技術統括本部中央研究所 主査)
・ 「大成建設技術センターリニューアル」 
   岸野豊氏 (大成建設・名古屋支店設計部設計室 シニア・エンジニア)
・ 「大林組技術研究所旧本館 材料化学実験棟 〜オフィスビルを“魅せるラボ”へコンバージョン」   沼田和清氏 (大林組・設計本部 設備設計部長)
参 加 者: 66名

 座談会に先立ち、齋藤輝幸先生(名古屋大学)の司会のもと、3名の設備設計者より、話題提供を頂いた。
 最初のご講演は、新菱冷熱工業の福井氏である。本社ビルが築40年をむかえ、スクラップアンドビルドからの脱却という社会的な要請を踏まえ、リニューアル工事を行うことになった。今回のリニューアルで福井氏が重要であると感じたことは、まず計画の段階で関係者間の合意形成を図ることであると述べている。そして、合意形成を得るためには、建物利用者をはじめとした関係者へのヒアリングや、エネルギー実績等のデータ収集を行い、現状の課題を整理することが非常に重要であるとのことであった。さらに、これまでは利用者側からクレームがでないように常に安全側の制御をしていたが、リニューアル後は過剰設定にならないようにチューニングをすることもポイントとして述べられていた。課題の達成のために導入した技術は、空調システムでは電気・ガス・自然エネルギーの併用、除湿・冷却分離、そしてVAV制御などである。また、照明システムではスパン毎の調光制御、無人エリアの自動消灯を行っている。これらの技術により、改修後4年目に42.5%削減(改修前のエネルギー比)を達成した。
 次に大成建設の岸野氏より、技術センターのリニューアル工事に関する講演をしていただいた。大成建設の研究所が竣工後29年をむかえ、コスト的に有利なリノベーションを実施した。「新しい発想を生む空間」の創造を目標として掲げ、研究者間のコミュニケ―ションを誘発する空間であるクリエイティブコートが増床された。中央部分に4層の吹き抜けを設け、縦方向のつながり、横方向のつながりを意識し、打合せコーナーやコピー機を置くことで、フォーマル、インフォーマルなコミュニケーションを誘発することを意図した。また、既存ファサードを改修し、薄型のダブルスキンユニットとすることで、外観の魅力と内部の居住者の快適性を向上させた。その他導入技術として、クリエイティブコートには調光天井、全面床吹出し空調、そして、執務空間エリアにはパーソナル空調などが導入された。さらに、照明や空調吹出し口がモジュール化されており、施工の合理化も図られている。このような技術の導入により改修後5年目に47%の省エネを達成した(東京都平均エネルギー比)。
 最後に大林組の沼田氏より、大林組の材料科学実験棟のリニューアルに関するご講演をしていただいた。本建物は研究所の本館として利用されており、省エネルギー建築の代名詞とされていたが、化学系ラボへとコンバージョンされることになった。このコンバージョンにより、省エネルギー性の象徴であったダブルスキンファサードは省エネの寄与が低下することから、取外しも検討された。しかし、省エネ技術のレガシーとして保存したいという設備設計者からの強い要望があり、メカニカルバルコニーとして再生させることになった。メカニカルバルコニーとは見せるダクトスペースのことで、当然ダクトの美しい収まり、つまり意匠性の要求もされることになるが、コンバージョンの成果を訪問者に瞬間的かつ感覚的に理解してもらう役割を担っている。また、事務所から化学系ラボへ用途変化させたため、低い天井にダクトや配管を収める必要があった。BIMを使い、設備の交差を少なく、かつ美しく、かつ使い勝手が良いよう試行を繰り返えすことで完成させた。その他、様々な省エネ技術の導入により2012年の実績では42%の省エネ(標準エネルギー比)を達成している。最後に、建築は技術的合理性の先にある美しさを追求することが建築設計者・設備設計者の共通のプロトコルであるとまとめられた。
 短い休憩を挟んで、座談会へと移行した。座長は加茂先生(みかんぐみ/名古屋工業大学)である。はじめに、加茂座長からは、マーチエキュート神田万世橋のリノベーション時に意匠の立場から設備に様々な要求を行ったご自身の体験が述べられ、設備設計者と意匠設計におけるこだわりの差について掘り下げたいと投げかけられた。まず今回の案件で意匠と設備の折り合いの取り方、コラボレーション等について各講演者に尋ねた。沼田氏からは、今回の事例については、やりたいことは全てやり尽くせた。設備の立場として、引き下がれないところは引き下がらなかったとの回答であった。岸野氏からは、本事例は自社ビルで、コンセプトや増床の形については意匠設計、機能については設備が考えた。予算の関係もあり、採用できることと、採用できないことがあった。研究居室については、意匠設計はノータッチとのことであった。福井氏は、今日紹介した事例はサブコンの自社ビルであり、設備が主導権を握って省エネ追求のためにやりたいことをやれた希な例である。但し、運用してみてもっとこうしていれば良かったということはあったと述べられ、設備設計者として主体的に取り組まれた様子がうかがえた。加茂座長はこれを受け、建物空間として最終的にまとめられたものは、いろいろな技術を組み込んだ上で表れたものであり、意匠でもあり設備でもあるとまとめた。
 次に、座長より、スクラップアンドビルドの時代から、サスティナビリティの時代に変わってきており、その観点から、設備の変遷、今後について問いかけられた。沼田氏からは、設備が縮小していく、なくなる世界が理想的で、断熱し、日射をコントロールして熱容量を活かすなど、建築側に省エネをゆだねていくべきとのお考えが示された。岸野氏は、サスティナビリティは、設備だけの話ではなく、意匠の方、ユーザーの方もお互い話し合い理解しあえていると、大筋良い形になっていくのではないかと述べられた。福井氏からは、サスティナビリティについては、リニューアルしやすい作り方になってきている。CASBEE等のラベリングなどにより設備に対する考えが変わってきている印象を持っている。エネルギーの視点でみればZEB化を目標とすべきであるが、敷地条件として困難な場合もあり、そういう建物にどうアプローチできるかがポイントになるとの姿勢が示された。
 次に加茂座長から、設備のないところにいたいと思うことがある。制御された状態にいると外部を気にしなくなるという新たな視点が投げかけられた。これに対して沼田氏から、例えば、ヨーロッパの立派な教会にエアコンがあったら変だと思う。価値観が一致したところ(共通のプロトコル)に納まっていくのでは。無いなら無いでいい、という謙虚さが大事ではないかと返答があった。これをきっかけに、意匠や設備を含めた共通プロトコルに話が及んだ。BIMによるシミュレーション技術の発達に伴って、合意形成がしやすくなった、専門的な言葉が不要になったという発言が聞かれ、リニューアルにおいてもBIMが意匠設計者と設備設計者だけでなく、ユーザーの意識もつなげるツールになり、使いこなす必要があるという認識が窺えた。
 また、会場の尹奎英先生(名古屋市立大学)から、リニューアルにはいろいろあるが、まず意匠的に省エネを考えてその後設備を考えるのが理想だと思うが、どのように考えているのかと問いが投げられた。例えば、窓のいらない部屋を負荷の高い南に納めて欲しいなど、設備の側からも意匠に口を挟むべき、最近は意匠の側の理解もあるから早めに提案することによって実現可能など、意匠と設備の早い段階でのコミュニケーションの必要性を指摘する声が多く聞かれた。また、合理性のある格好良さ(審美性)を共有することの重要性が指摘された。
 最後に、座長から、学生の参加者が多いので、学生に向けて一言エールを、と。沼田氏からは、ヨーロッパにはファサードエンジニアリングという職種がある。是非、学んで欲しい。岸野氏からは、技術はあくまで道具。デザイナーに近い感性を持った技術者が必要。設備に進む人は頑張って。福井氏からは、リニューアルが増える。リニューアルと省エネの両方の知識がある人は会社からも重宝がられ、やりがいがあるのでは、とコメントされた。

文責:須藤・青木