公開座談会 『建築の環境指向は計画意匠と環境設備に何をもたらすのか』
(空気調和衛生工学会中部支部 第11回建築設備研究会)
 
日  時: 平成27年9月1日(火) 15:00〜17:00
会  場: 東桜会館 第2会議室 (名古屋市東区東桜2-6-30)
主  催: 空気調和・衛生工学会中部支部 建築設備研究会
座  長: 伊藤恭行氏 (名古屋市立大学・教授/シーラカンスアンドアソシエイツ・代表)
話題提供: ・「愛知学院大学名城公園キャンパス」 山本一成氏(大建設計・名古屋事務所副所長)
・「ヒルズウォーク徳重」 旗手康信氏(青島設計・設計室室長)
・「名古屋東京海上日動ビルディング」杉浦康久氏(三菱地所設計・名古屋支店副支店長)
参 加 者: 39名

 座談会に先立ち、齋藤輝幸先生(名古屋大学)の司会のもと、3名の設計者より、話題提供を頂いた。
 最初のご講演は、愛知学院大学名城公園キャンパスの設計に携わった山本氏である。名城公園に隣接するという立地が計画上、一番のポイントだと考え、プロポーザルでは、名城公園へのランドスケープと、名古屋城からのキャンパスの見え方に配慮した、4つの分棟からなるエコキャンパスを提案し、採択された。愛知学院大学は仏教系の大学であり、分棟配置は伽藍配置の考えを取り入れたとのこと。環境配慮は設計者の思いが施主に伝わりにくいというのが一般的であるが、この事案では国交省のCO2先進事業に採択されたことによりスムーズに進んだことが紹介された。環境配慮としては、既存の樹木を生かし、公園のクールアイランド効果(実測値で2℃ほど周辺環境より低い)が利用できるように配慮した。また、リチウムイオン蓄電池導入によりピーク電力カットなど電力需要対策を考慮したシステム、井水や空気のカスケード利用などの自然・未利用エネルギー活用、良質な学習環境確保のためのCO2センサによる換気制御や気流感のない空調吹出口などについて説明いただいた。設備担当から抵抗があったのは、意匠側が提案した南側ガラス張りの図書館だったとのこと。名古屋城を望むガラス張りの西面ラウンジがあるが、こちらの方が了解を得られやすかった。山本氏のご講演のなかで、「環境配慮はコストの戦いである」との言葉が印象的であった。
 旗手氏からは、ヒルズウォーク徳重(2期工事)に加えて、緑区役所徳重支所等共同ビル(ユメリア徳重)(1期工事)についてもご紹介いただいた。施主は名古屋市で、プロポーザルでは「成長する街を結ぶコンパクトシティ」をコンセプトに掲げ、CASBEE Sランクの取得を提案したことが紹介された。開発著しい緑区で失われていく緑を再生することをデザインモチーフにして、屋上緑化やバスターミナルの屋根などが計画されたとのこと。例えば、広い屋上緑化は、「地域に貢献できる緑」として住民のフィッットネスゾーンやドッグランとして計画され、同時に建物の断熱性向上の役割も担っている。環境デザイン(環境配慮を意図したデザイン)として、区民プラザの共用ホールに簡易エアフローウインドウとアースチューブを利用して負荷軽減を図った居住域空調(床吹出し)を採用している。また、設計者がこだわったものとして、壁面緑化カーテンウォールの説明があった。これは太陽光セルを動力にして肥料を含んだ水を汲み上げ重力で自然落下する潅水システムとなっている。なお、CASBEEの評価は、1期、2期ともにSランクを得ているとのこと。
 杉浦氏からの話題提供は、損保会社の自社ビルの事例である。コンセプトは「地域貢献」「BCP拠点機能」「環境配慮型ビル」の3つで、「環境配慮型ビル」として、コストを意識してシンプルにCASBEE Sランクの取得を目指したことが説明された。ダブルスキンと全館LED照明が省エネに大きく寄与しているとのことである。ダブルスキン内部に、太陽位置算出と晴天曇天判断センサによるスラット角自動調整機能をもつブラインドを設置し、加えて各階に手動の開閉窓(自社ビルでないと運用が難しい方式)を設置して冷房負荷軽減を図るとともに、窓際の消灯制御による照明負荷軽減も行っている。その他、井水利用、雨水利用、全熱交換器と熱交換バイパス制御・外気冷房制御・CO2制御・ナイトパージ運転、さらには、CFDを利用して排熱がこもらないように屋上に設置するパッケージエアコンの室外機の配置計画を行ったことなどが説明された。

 短い休憩を挟んで、座談会へと移行した。座長は名古屋市立大学の伊藤先生である。
 伊藤座長からは、最初の討論のテーマとして「合理性をどう考えるか」という問いが投げられた。構造であれば形を実現する点で合理性が定義できる。環境の場合はどうなのか、例えば南面にガラスを使うというのは合理性の観点から考えてどうなのか、という問いである。山本氏からは、公共建築だとガラス面を少なくするとか空調を使わなくてすむように網戸を設けるようなどと言われることもあるが、設計者としてはダブルスキン等を実現したい。今回の事案では大学キャンパスということもあり、ガラス面採用は受け入れられやすかった。施主の立場で合理性は変わってくるように感じているという回答があった。杉浦氏からは、合理性という観点で、省エネも大事であるが、快適性や知的生産性も大事にしたいという回答があった。ガラス性能やシステムの向上により採用できるものが増えている。旗手氏からは、今回の事例では、意匠面から南面にロビー空間をとって区民の方が利用しやすいように計画した。厳密な制御が必要でない空間であったためガラス面が作りやすかった。建築的合理性を実現するために環境技術があるのではないかと回答があった。
 伊藤座長からは、もう少し合理性について考えたい。例えば、紹介いただいた事例では、建築の骨格/外表面がコンパクトであると感じた。例えば、小学校を設計する場合、子どもが自由に屋外へのアクセスできるように配慮すると、外皮のヒダが多くなってしまう。そうすると熱負荷が大きくなる。環境指向の意識が高まると、こういった建築が受け入れられなくなるのではないかといった心配を感じている。これに対して、小学校のような機械設備をあまり使わないローテクの建築と、精緻な制御が求められる美術館のような建築では、合理性の考え方が違うのではないかというコメントがあった。小学校の場合、風通しの良さなどパッシブ寄りであり、求められる機能が違う。
 伊藤座長から、もう1点、旗手先生のお話の中にあった「エコアイテム」に関して、設計者として悩ましい部分があるが、エコアイテムは建物ごとにカスタマイズして計画するというよりも、使い回しているというのが現状に近い。プロポーザルでは、環境配慮がないと減点されるので、配慮をしていることを明示しなければいけないところがある。「エコアイテムについてどう考えるか」と問いが投げられた。プロポーザルで、審査委員が評価するのであれば入れざるを得ないが、審査委員に聞くと、環境配慮では提案に差がつきにくいという話も聞く。地域にあったエコアイテムがあれば良いが、汎用的なものを採用している傾向にある。本来は設計者が工夫を凝らさなくてはならないなどの意見が挙がった。
 また、杉浦氏から、「意匠が考える環境指向とは何か」と問い掛けがあった。建築として美しい環境デザインをどう考えるかという問題である。共感できない建築はある、例えば庇もなく全面シングルガラスでガラスの透明性の美しさを生かすことを重視した断熱性のない建築である。設備はデザインに影響を与えざるを得ない。施主が何の性能を選択するか、その中で環境性能はデザイン性能と相反する面もあると感じている。ローテクの建築では意匠性能と環境性能がリンクするのではないか、室内の設備は通常見えないが見せる設備によって建築の表情が変わる、などの回答があった。また、会場から、省エネに関して以前は施主は見向きもしなかったが省エネ指向が高まったことにより近年設備設計が楽しくなった。若手の設備設計者は与えられた仕事をメカニカルエンジニアとしてこなしている。施主に対して高い付加価値を提案できるように、企業は設備設計者を再教育する必要であると考えている。建築はひとつひとつがプロトタイプ、ステレオタイプでは対応できない、といったコメントがあった。さらに、環境設備と建築設計をつなぐには、CASBEE性能やライフサイクルコストを誰もが容易に試算できる共通ツールが必要ではないか、などの意見が挙がった。

 意匠設計者と設備設計者を交えた座談会は初めての試みであったが、予定の2時間では話が尽きず、大幅に時間延長して討論する結果となった。主催者が考えもしなかった内容も多く、意匠設計者、設備設計者の思いや考えの一端を相互に理解する機会となったのではないかと考えている。登壇者および参加者の皆さまにお礼申し上げたい。

文責:原田・棚村